Sakurajima





2004夏
鹿児島県桜島で
最後の戦いに挑む


TSUYOSHI NAGABUCHI
SAKURAJIMA ALLNIGHT CONCERT
2004.8.21


このコーナーは長渕剛のPRでも何でもありません。
はたまた、自慢や見せつけや押し付けでもありません。
「青春をかけた最後の戦いに挑む」私の超個人的な記録で、
この夏までの期間限定コーナーとなっています。
どうなることやら ・・・ お楽しみに!   (2004年5月)


★ ☆ ★ ☆ Sakurajima Report ★ ☆ ★ ☆
なぜ「最後の戦い」なのか

フォークソング狂いの馬鹿息子だった我にゃん
中学生の頃、拓郎や陽水やかぐや姫にぞっこんで
レコード盤が擦り切れるまで聞いては、耳コピでギターを弾いていた
微弱な電波で微かに聞こえるラジオのスピーカーに耳を押し当てては、
拓郎や、こうせつのオールナイトニッポンを聞いていた
(山陰は、韓国や朝鮮の強い電波に呑み込まれるのです)

 ≪猫背が寂しげな我にゃん≫

話しは、1975年の夏に”つま恋”で行われた、
拓郎とかぐや姫の”オールナイトコンサート”にまでさかのぼる

「つま恋」の悔しさ

どうしても行きたかったのに、どうしても行けなかった
生の拓郎やかぐや姫を見たことが無い、田舎もんの私
根っからのお祭り好きで、騒ぎ出した血液が噴出しそうになった
人口数万人のこの町で、一度に6万人もの人間を見たことが無い
親に頼んだが、「お金が無いし、あんな遠い所どうやって行くの」
新幹線も、まだ岡山までしか開通していない時代
ラグビー部の夏の合宿とも重なり、諦めざるを得なかった

家庭用ビデオも普及する前で、”つま恋フィルムコンサート”が
やって来たのが、熱も冷めた半年以上も経ってから・・・
暗い会場で見た、涙が止まらなかった、悔しかった、行きたかった

念願の初野外、しかも「つま恋」

高校を卒業し、岐阜の方へ出稼ぎに出た
「つま恋」との距離が、半分以上も近づいたことになる
あの悔しさをいつかは・・・と密かに待っていた

1978年、こうせつが全国3箇所の野外コンサート決行を発表した
”南こうせつ ビッグサマーコンサート”
札幌/手稲オリンピア(7/23)
福岡/雁の巣レクリエーションセンター(7/29)
そして最後が、あの「つま恋」(8/5)だった

 ≪南側に位置する多目的広場≫

あれから3年余り、待ちに待った 「つ・ま・ご・い
オールナイトではなかったが、どうしても体感したかった
後輩のS本君を田舎から呼び寄せ、道連れに・・・
初体験の野外コンサート、全自由席(早い者勝ち)
どうせなら前の方で見た〜い、という願望が働き
夜明け前の午前4時、戦いの場である掛川市「つま恋」へと向かう

何が戦いなのか

朝6時過ぎの掛川市内、ラジオ体操の子ども達はまだいない
案内看板に沿って、つま恋の裏門に誘導された
す、すでに200mの行列 唖然 ・・・
最後尾に並んだ 側には東名高速が走っている

◆時間との戦い
開場は午後4時、「さあて何をしよう?」
とりあえず、前に並んでいた女性2人にご挨拶
山梨の甲府から来たという年上の先輩ギャル
1975年のつま恋の経験者ということで、野外コンサートの掟を教授
行列には、ビールとギターで宴会やってるグループもいる
戦い方はひとつ、ただひたすらに待って待って待ちまくる

 ≪東名高速を走る車に時代を感じる≫

◆暑さとの戦い
ジリジリと照りつける太陽と、セミの声だけが印象に残っている
初心者の二人、暑さ対策は麦わら帽子ひとつだけ
前のお姉ちゃんは、日傘や雨具、日焼け止めクリームと準備万端
今のようにペットボトルなど無くて、のどが渇けば
2km離れた駅近くの自販機まで走る(もちS本君のお仕事)
お遣いのジュースは、お姉ちゃんのクーラーボックスに入る
さすがに経験者、小さな折りたたみ椅子まで持参している
暑いのは承知だったが、ここまでとは・・・

 ≪会場後方の丘の上から≫

◆場所取りの戦い
全自由席の恐怖、壮絶な陣取り合戦が始まる
主催者側は「危ないから走らないでね〜」とのん気だが
少しでも前の方で見たいという、客の目の色は血走っていた
午後4時の開門と同時に、どいつもこいつも走り出す
先輩ギャルたちの分までシートを広げ、陣地を確保する
200mのハンディはきつく、前から50mの位置がやっと
コンサート開演前に、すでにクタクタであった

野外の良し悪し

◆良いところ
 ・お酒が飲め、踊るのも寝るのも自由
 ・夜風が心地よく、星もきれい
 ・まわりのお姉ちゃん達が、みんな綺麗に見える
 ・血が騒ぎ出し、血行が良くなる

 ≪黄色が似合っていた頃の我にゃん≫

◆悪いところ
 ・終った瞬間の気だるさ200%
 ・雨が降ったら座れない
 ・トイレが遠い
 ・酔っぱらいが喧しい
 ・夜、蛾が飛んでくる
 ・靴が片方なくなる
 ・声がガラガラ

とにもかくにも、野外コンサート初体験を終え
半端ではない夏の思い出が、ひとつ刻まれた
しかし、この戦いは序章にしか過ぎなかったのである

野外のはしご

野外の魅力に取りつかれ、すっかり病みつきなった私
年も変わった1979年の夏、なんと3日間で
2つの野外コンサートを経験することになる

 ≪いろんな昇り旗が左右に揺れる≫

◆「吉田拓郎ライブ'79」アイランドコンサート
つま恋以来、4年ぶりのオールナイト
場所は、愛知県は知多半島沖の「篠島」
人口2千人の小さな島に、数万人の人間が集まった
後でわかった衝撃的な出来事が2つある
 ・順子が売れる前の長渕剛が、前座で歌ったらしく
  拓郎ファンから「帰れ!帰れ!」の大コール
  私もその内の一人だった(ごめんね、つよし
 ・半年後に発売されたビデオの中に、な、な、なんと
  拳を振り上げている私が写っていたのだった
  (ベータのビデオテープが、押入れに永眠している)

◆「ホットジャム'79」inつま恋
南こうせつ、アリス、ツイスト、海援隊、桑名正博など
当時のトップアーティストたちの夢のジョイントライブ
観客は4万人という、祭り好きな血が騒ぎ出し
またまた田舎から、弟と友人H口君を呼び寄せた
かわいそうな3人目の犠牲者たちである

 ≪音頭をとる俄か大将≫

徹夜明けのその足で掛川駅へ直行、弟たちを出迎える
「前で見たいやろ?」という衝動から、そのままつま恋へ
禁止とされていた”前日からの場所取り”にチャレンジした
この頃だろうか、 場所取りの手段が徐々にエスカレートし
クタクタ状態でコンサート開演を迎えるようになったのは・・・

運命の分かれ道

野外のはしごに疲れ果て、「当分はお休み宣言」をしていた
しかし、2年後の夏に生涯忘れられない体験をすることになる
こうせつが、大自然の中でコンサートをやると言い出した
1981.7.26(sun) 『SUMMER PICNIC 』 である
会場は、阿蘇郡産山村山鹿の”卑弥呼の里”

◆どれくらい大自然だったか
 ・ステージの背景が本物の阿蘇山
 ・半径5km以内に、コンビニや自動販売機がない
 ・マムシ注意の看板の下を、本当にマムシが散歩していた
 ・雨粒の大きさが半端ではなく、足元がすぐに田んぼになる
 ・野グソをしても、誰にも文句を言われない
 ・星の数が多く、天の川が肉眼でくっきり見える



山口で弟たちと合流し、キャンプ道具を一式かかえ
夕食だけ頼んでおいた民宿「ふるさと」へと向かう
会場近くでテントを張るつもりだったが、夕食中に
急に雨が降り出し、キャンプは中止。民宿の好意で
おじさん夫婦の部屋に、ゴロ寝をさせてもらうことに
早朝4時、我々の車で民宿の学生たち20名を会場へ運ぶ
民宿のおじさんも手を貸してくれる
しかし、この後に信じられない出来事が起こる

◆開演1時間半後の恐怖
16時開演。南こうせつのオープニングにつづき、ゲストの
五十嵐浩晃のステージが始まっていた
ステージ後方の上空が真暗になり、会場付近の雲行きも急変
カミナリ様が、ピカピカと光り始めていて
「さすが野外ならではの天然スポットライト、綺麗やね〜」
などと感動している間もなく、コンサート会場に迫ってきた
雨はタライをひっくり返したような土砂降り、すり鉢状の会場は
まるで田んぼ状態で、カミナリ様は頭のすぐ上で鳴っている。


五十嵐浩晃のステージ、後ろは雷雲で真っ黒

◆避難勧告発令
警察の指示でコンサートは中断され、スタッフが売店のテントや
ステージの下へ避難するよう叫んでいる。しかし、”パニくってる”の
お手本のような状況下で、客たちの耳にはまったく届いていない
我々は民宿の仲間同士で、敷いてあるブルーシートの下へ潜り込み
カミナリ様が通り過ぎるのをジッと待っていた

◆テントにカミナリ様が直撃
その瞬間である ドゥォッ・・ガァーン! ・・・
女性の悲鳴が聞こえ、しばらくすると救急車の走る音
売店のテントに落雷し、数名が病院へ運ばれたという
30分ほどで雷は去ったが、コンサートは中止された
悲惨な光景であった、頭のてっぺんから爪先までズブ濡れ
ドロ水の中に、ラジカセや荷物がプカプカと浮いている
女の子たちは、恐怖で泣いていた
男たちは、コンサート中止の悔しさで泣いていた
「こうせつは、も一度やってくれるよ
   その時はみんなでまた会おう!きっと・・・」
そんな約束をし、民宿ふるさとを後にした

こうせつからのおわび

野外で大自然の恐怖と人間の弱さを同時に思い知らされ
生ける屍と化していた頃、南こうせつから1通のハガキが来た
コンサート中止の詫状で、もちろん印刷されたものだったが
チケットの半券に、住所と名前を書いた人たちだけに届けられた



『 数えきれないほどのステージで、あふれる
 ライブの熱気とさまざまな感動を体験して、
 この10年間僕は歌い続けてきました。
  そんな僕にとっても、7月26日の体験は
 生涯忘れることのできない鮮烈なイメージで
 心に焼きついております。
  激しい雷雨の中で、予定していた最後の曲
 まで歌えないとわかったときのくやしさと、
 お客さんに対して申し訳ないという気持ちは、
 どんな言葉でも語りつくせないほどでした。
  そんな中で、お互いに声をかけ、助け合い、
 励まし合うお客さんの姿を目の当たりにしたとき、
 僕の胸には何度も熱い想いが込み上げてきました。
  そして、こんなにもすばらしいお客さんに
 恵まれたことを、僕はいま改めて誇りに思い、より
 いっそう充実した「サマーピクニック」をつくり
 あげようとスタッフ共々決意を新たにしております。
  皆様の御協力に心からお礼申し上げます。

            1981年 夏  南こうせつ  』

今でも保管している、大切な宝物のひとつである

ところで桜島の話はどうなったの?

「なぜ最後で、どうして戦いなのか」の説明に夢中になり
桜島のコーナーだと言うことを忘れていました
緊急記者会見の会場に、管理人が到着した模様です

◎本当に行く気あるんですか?―
 「あっハイ。ホンマに行くつもり満々です
  いま、桜島へのアクセス方法と日程を思案中です」

◎チケットは持っているんですか?―
 「3月の一般売は、即日完売でした(怖)
  私は、ネットの前々々予約で辛うじて入手済みです」

◎朝までスタンディングですよねェ?―
 「はい大丈夫です。明日からジョギングで鍛える予定ですし
  立たされるのは、学生の頃から慣れていますからヘヘヘ。」

◎会場はどんな場所なんですか?―
 「はぁ、さっぱりわかりません 行って見てのお楽しみです
  噂では、溶岩をブルで削ってるらしいです・・・」

◎全席自由ですか?―
 「それがブロック指定なんですよ。私のチケットには、
  H−6ブロック1522番と書いてあります。
  おそらく、前からH番目の横から6つ目のブロックで、
  何千人かの内の1522番だと推察してま〜す。」

◎推察って、そのマンマやないですか!―
 「 ・ ・ ・ ・ (汗)」

◎黙ってないでちゃんと答えろ!―
 「 ・ ・ ・ ・ (泣)」

というわけで、本人が泣き出しちゃいましたので
緊急記者会見は、これで中止とさせていただきます

十年続いたサマーピクニック

雷雨によるコンサート中止という惨劇から1年が過ぎた
「第2回目を、阿蘇山麓でオールナイトでやる!」
と、こうせつが言い出した。しかも、1990年までの
10年間、体力が続く限りオールナイトで決行するという
野外の魅力にトコトン洗脳されてきた私にとって
最高の青春時代を謳歌することが約束されたのである

 ≪こうせつ宅前でニンマリの我にゃん≫

◆サマピのお楽しみ@
さすがのこうせつも、一人では身体がもたない
毎年何組かのゲストを招き、サービスも充実させた
メインゲストには、深夜1時から2時間のステージを提供
会場は否が応でも盛り上がり、眠っている場合じゃない

 ≪開演1時間前からこの騒ぎ≫

◆サマピのお楽しみA
野外ならではのパフォーマンス、打ち上げ花火
真夜中に、生ギター弾き語りのコーナーがあり
客たちは場所取りの疲れで、眠気もピーク
そこへドォッカ〜ン、眠っている場合じゃない

 ≪ふるさと組の仲間たちと≫

◆サマピのお楽しみB
民宿ふるさとのメンバーたちとの再会
開演までの数時間が、同窓会となり
飲めや歌えのドンチャン騒ぎで盛り上がる
それぞれがそれぞれのこの一年を語り合い
「来年もきっと会おうよ」と約束を交わす
いつの間にか、ふるさと組の世話役になっていた
そして、ギネスブックにも載ることになった
”南こうせつサマーピクニック”を
最後まで見届けてしまうことになるのである

 ≪1990年夏、感動のファイナル会場≫

サマピの歴史は、こうせつのオフィシャルサイトで
ほんの少しだけ紹介されている、ほんの少しだけ・・・

(興味がある方はこちら

桜島は違う

10年間足を運んだサマーピクニック
運命的な出会いをし、開演までの待ち時間で
人前結婚式を挙げたカップルもいた
そして、ファイナルは子連れで参加
アットホームで和やかな野外コンサートだった

しかし、今回のこの桜島は雰囲気がまったく違う
長渕キャラに加え、桜島・溶岩・噴火のイメージが大きく
中途半端な気合じゃ、朝まで持ちそうにない

◆H−6ブロック
ある旅行会社のツアーサイトで、会場平面図を発見



真ん中より後ろで、剛の生顔はまず見えない
横方向は、10仕切りだとこの辺か?
6仕切りだと端っこになってしまう

◆場所取りは常識の範囲で
チケットの注意書きに、こう記されている
オールスタンディングとも書かれてある
常識の範囲?・・・1m四方?
眠くなったら、体育座りでの仮眠が予想される
ジョギングに加え、明日からのメニューがひとつ増えた
猫のように丸くなり1m四方内で眠る練習だ!

いずれにせよこの会場に7万人が詰め込まれる
8月21日まであと1ヶ月を切った・・・

準備は万端?

桜島まであと1週間、それなりにドキドキしている
日本の音楽界と私の人生に、新しい歴史が刻み込まれる
鹿児島県外からの来場客は、3万5千〜4万人とも言われ
このイベントによる経済効果は、な、なんと50億円

◆体力は大丈夫か
ジョギングを始めようと決意したが
「明日から、明日から」と気持ちだけが空回り
仕方がないので医学的に安心しようと
1泊2日の人間ドックを受検した
「脳みそ以外は大丈〜夫!
 酒飲んで一晩中バカ騒ぎさえしなければ・・・」
と先生様に太鼓判を押された

◆履物指定
桜島コンサートの注意書きには
〜足元は火山灰や溶岩レキに覆われ、サンダル等は避け
  足の覆われた動きやすい運動靴等でお越しください〜
とあり、「嘘やろ?」と思いつつも1足購入

  溶岩専用サンダル?

◆ミニ双眼鏡
H6ブロックからステージまでの距離を推測すると、約150m
長渕の生顔を肉眼で確認することは、不可能と判断
長〜い待ち時間の暇つぶしにも役立つ頼もしいアイテム

  職場から道路管理用を拝借

◆日よけ対策
日よけのチャンピオンと言えばこれ、麦わら帽子
黒リボンだとカールのおっさんに間違えられそうなので
ちょいとお洒落に青リボンにしてみた

  Nafcoブランドの最高級品

◆敷きマット
サマピのような草原や芝地とはあきらかに違う
念のためにキャンプ用の厚手のものを準備
かさ張りそうだが、後悔しないために持っていく

  2000×1000×8

◆折りたたみ椅子
朝までの立ちっぱなしは、やはり辛い
剛が水を飲む一瞬のスキに座っちゃおう

  股間にやさしい三脚式


これで準備は万端、あとは当日の好天と
桜島へ無事にたどり着けることを祈り
野外ライブ最後の戦いに、いざ出陣〜!

生きて帰れたら
Sakurajima Reportへ つづく ・・・

★ ☆ ★ ☆ Sakurajima Report  ★ ☆ ★ ☆