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このコーナーは長渕剛のPRでも何でもありません。 はたまた、自慢や見せつけや押し付けでもありません。 「青春をかけた最後の戦いに挑む」私の超個人的な記録で、 この夏までの期間限定コーナーとなっています。 どうなることやら ・・・ お楽しみに! (2004年5月) |
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なぜ「最後の戦い」なのか フォークソング狂いの馬鹿息子だった我にゃん 中学生の頃、拓郎や陽水やかぐや姫にぞっこんで レコード盤が擦り切れるまで聞いては、耳コピでギターを弾いていた 微弱な電波で微かに聞こえるラジオのスピーカーに耳を押し当てては、 拓郎や、こうせつのオールナイトニッポンを聞いていた (山陰は、韓国や朝鮮の強い電波に呑み込まれるのです) ≪猫背が寂しげな我にゃん≫
話しは、1975年の夏に”つま恋”で行われた、 拓郎とかぐや姫の”オールナイトコンサート”にまでさかのぼる |
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「つま恋」の悔しさ どうしても行きたかったのに、どうしても行けなかった 生の拓郎やかぐや姫を見たことが無い、田舎もんの私 根っからのお祭り好きで、騒ぎ出した血液が噴出しそうになった 人口数万人のこの町で、一度に6万人もの人間を見たことが無い 親に頼んだが、「お金が無いし、あんな遠い所どうやって行くの」 新幹線も、まだ岡山までしか開通していない時代 ラグビー部の夏の合宿とも重なり、諦めざるを得なかった 家庭用ビデオも普及する前で、”つま恋フィルムコンサート”が やって来たのが、熱も冷めた半年以上も経ってから・・・ 暗い会場で見た、涙が止まらなかった、悔しかった、行きたかった |
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念願の初野外、しかも「つま恋」 高校を卒業し、岐阜の方へ出稼ぎに出た 「つま恋」との距離が、半分以上も近づいたことになる あの悔しさをいつかは・・・と密かに待っていた 1978年、こうせつが全国3箇所の野外コンサート決行を発表した ”南こうせつ ビッグサマーコンサート” 札幌/手稲オリンピア(7/23) 福岡/雁の巣レクリエーションセンター(7/29) そして最後が、あの「つま恋」(8/5)だった ≪南側に位置する多目的広場≫
あれから3年余り、待ちに待った 「つ・ま・ご・い ♥」 オールナイトではなかったが、どうしても体感したかった 後輩のS本君を田舎から呼び寄せ、道連れに・・・ 初体験の野外コンサート、全自由席(早い者勝ち) どうせなら前の方で見た〜い、という願望が働き 夜明け前の午前4時、戦いの場である掛川市「つま恋」へと向かう |
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何が戦いなのか 朝6時過ぎの掛川市内、ラジオ体操の子ども達はまだいない 案内看板に沿って、つま恋の裏門に誘導された す、すでに200mの行列! 唖然 ・・・ 最後尾に並んだ 側には東名高速が走っている ◆時間との戦い 開場は午後4時、「さあて何をしよう?」 とりあえず、前に並んでいた女性2人にご挨拶 山梨の甲府から来たという年上の先輩ギャル 1975年のつま恋の経験者ということで、野外コンサートの掟を教授 行列には、ビールとギターで宴会やってるグループもいる 戦い方はひとつ、ただひたすらに待って待って待ちまくる ≪東名高速を走る車に時代を感じる≫◆暑さとの戦い ジリジリと照りつける太陽と、セミの声だけが印象に残っている 初心者の二人、暑さ対策は麦わら帽子ひとつだけ 前のお姉ちゃんは、日傘や雨具、日焼け止めクリームと準備万端 今のようにペットボトルなど無くて、のどが渇けば 2km離れた駅近くの自販機まで走る(もちS本君のお仕事) お遣いのジュースは、お姉ちゃんのクーラーボックスに入る さすがに経験者、小さな折りたたみ椅子まで持参している 暑いのは承知だったが、ここまでとは・・・ ≪会場後方の丘の上から≫
◆場所取りの戦い 全自由席の恐怖、壮絶な陣取り合戦が始まる 主催者側は「危ないから走らないでね〜」とのん気だが 少しでも前の方で見たいという、客の目の色は血走っていた 午後4時の開門と同時に、どいつもこいつも走り出す 先輩ギャルたちの分までシートを広げ、陣地を確保する 200mのハンディはきつく、前から50mの位置がやっと コンサート開演前に、すでにクタクタであった |
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野外の良し悪し ◆良いところ ・お酒が飲め、踊るのも寝るのも自由 ・夜風が心地よく、星もきれい ・まわりのお姉ちゃん達が、みんな綺麗に見える ・血が騒ぎ出し、血行が良くなる ≪黄色が似合っていた頃の我にゃん≫
◆悪いところ ・終った瞬間の気だるさ200% ・雨が降ったら座れない ・トイレが遠い ・酔っぱらいが喧しい ・夜、蛾が飛んでくる ・靴が片方なくなる ・声がガラガラ とにもかくにも、野外コンサート初体験を終え 半端ではない夏の思い出が、ひとつ刻まれた しかし、この戦いは序章にしか過ぎなかったのである |
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野外のはしご 野外の魅力に取りつかれ、すっかり病みつきなった私 年も変わった1979年の夏、なんと3日間で 2つの野外コンサートを経験することになる ≪いろんな昇り旗が左右に揺れる≫◆「吉田拓郎ライブ'79」アイランドコンサート つま恋以来、4年ぶりのオールナイト 場所は、愛知県は知多半島沖の「篠島」 人口2千人の小さな島に、数万人の人間が集まった 後でわかった衝撃的な出来事が2つある ・順子が売れる前の長渕剛が、前座で歌ったらしく 拓郎ファンから「帰れ!帰れ!」の大コール 私もその内の一人だった(ごめんね、つよし♥) ・半年後に発売されたビデオの中に、な、な、なんと 拳を振り上げている私が写っていたのだった (ベータのビデオテープが、押入れに永眠している) ◆「ホットジャム'79」inつま恋 南こうせつ、アリス、ツイスト、海援隊、桑名正博など 当時のトップアーティストたちの夢のジョイントライブ 観客は4万人という、祭り好きな血が騒ぎ出し またまた田舎から、弟と友人H口君を呼び寄せた かわいそうな3人目の犠牲者たちである ≪音頭をとる俄か大将≫徹夜明けのその足で掛川駅へ直行、弟たちを出迎える 「前で見たいやろ?」という衝動から、そのままつま恋へ 禁止とされていた”前日からの場所取り”にチャレンジした この頃だろうか、 場所取りの手段が徐々にエスカレートし クタクタ状態でコンサート開演を迎えるようになったのは・・・ |
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運命の分かれ道 野外のはしごに疲れ果て、「当分はお休み宣言」をしていた しかし、2年後の夏に生涯忘れられない体験をすることになる こうせつが、大自然の中でコンサートをやると言い出した 1981.7.26(sun) 『SUMMER PICNIC 』 である 会場は、阿蘇郡産山村山鹿の”卑弥呼の里” ◆どれくらい大自然だったか ・ステージの背景が本物の阿蘇山 ・半径5km以内に、コンビニや自動販売機がない ・マムシ注意の看板の下を、本当にマムシが散歩していた ・雨粒の大きさが半端ではなく、足元がすぐに田んぼになる ・野グソをしても、誰にも文句を言われない ・星の数が多く、天の川が肉眼でくっきり見える ![]() 山口で弟たちと合流し、キャンプ道具を一式かかえ 夕食だけ頼んでおいた民宿「ふるさと」へと向かう 会場近くでテントを張るつもりだったが、夕食中に 急に雨が降り出し、キャンプは中止。民宿の好意で おじさん夫婦の部屋に、ゴロ寝をさせてもらうことに 早朝4時、我々の車で民宿の学生たち20名を会場へ運ぶ 民宿のおじさんも手を貸してくれる しかし、この後に信じられない出来事が起こる ◆開演1時間半後の恐怖 16時開演。南こうせつのオープニングにつづき、ゲストの 五十嵐浩晃のステージが始まっていた ステージ後方の上空が真暗になり、会場付近の雲行きも急変 カミナリ様が、ピカピカと光り始めていて 「さすが野外ならではの天然スポットライト、綺麗やね〜」 などと感動している間もなく、コンサート会場に迫ってきた 雨はタライをひっくり返したような土砂降り、すり鉢状の会場は まるで田んぼ状態で、カミナリ様は頭のすぐ上で鳴っている。 ![]() 五十嵐浩晃のステージ、後ろは雷雲で真っ黒 ◆避難勧告発令 警察の指示でコンサートは中断され、スタッフが売店のテントや ステージの下へ避難するよう叫んでいる。しかし、”パニくってる”の お手本のような状況下で、客たちの耳にはまったく届いていない 我々は民宿の仲間同士で、敷いてあるブルーシートの下へ潜り込み カミナリ様が通り過ぎるのをジッと待っていた ◆テントにカミナリ様が直撃 その瞬間である ドゥォッ・・ガァーン! ・・・ 女性の悲鳴が聞こえ、しばらくすると救急車の走る音 売店のテントに落雷し、数名が病院へ運ばれたという 30分ほどで雷は去ったが、コンサートは中止された 悲惨な光景であった、頭のてっぺんから爪先までズブ濡れ ドロ水の中に、ラジカセや荷物がプカプカと浮いている 女の子たちは、恐怖で泣いていた 男たちは、コンサート中止の悔しさで泣いていた 「こうせつは、も一度やってくれるよ その時はみんなでまた会おう!きっと・・・」 そんな約束をし、民宿ふるさとを後にした |
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こうせつからのおわび 野外で大自然の恐怖と人間の弱さを同時に思い知らされ 生ける屍と化していた頃、南こうせつから1通のハガキが来た コンサート中止の詫状で、もちろん印刷されたものだったが チケットの半券に、住所と名前を書いた人たちだけに届けられた
『 数えきれないほどのステージで、あふれる ライブの熱気とさまざまな感動を体験して、 この10年間僕は歌い続けてきました。 そんな僕にとっても、7月26日の体験は 生涯忘れることのできない鮮烈なイメージで 心に焼きついております。 激しい雷雨の中で、予定していた最後の曲 まで歌えないとわかったときのくやしさと、 お客さんに対して申し訳ないという気持ちは、 どんな言葉でも語りつくせないほどでした。 そんな中で、お互いに声をかけ、助け合い、 励まし合うお客さんの姿を目の当たりにしたとき、 僕の胸には何度も熱い想いが込み上げてきました。 そして、こんなにもすばらしいお客さんに 恵まれたことを、僕はいま改めて誇りに思い、より いっそう充実した「サマーピクニック」をつくり あげようとスタッフ共々決意を新たにしております。 皆様の御協力に心からお礼申し上げます。 1981年 夏 南こうせつ 』 今でも保管している、大切な宝物のひとつである |
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ところで桜島の話はどうなったの? 「なぜ最後で、どうして戦いなのか」の説明に夢中になり 桜島のコーナーだと言うことを忘れていました 緊急記者会見の会場に、管理人が到着した模様です ◎本当に行く気あるんですか?― 「あっハイ。ホンマに行くつもり満々です いま、桜島へのアクセス方法と日程を思案中です」 ◎チケットは持っているんですか?― 「3月の一般売は、即日完売でした(怖) 私は、ネットの前々々予約で辛うじて入手済みです」 ◎朝までスタンディングですよねェ?― 「はい大丈夫です。明日からジョギングで鍛える予定ですし 立たされるのは、学生の頃から慣れていますからヘヘヘ。」 ◎会場はどんな場所なんですか?― 「はぁ、さっぱりわかりません 行って見てのお楽しみです 噂では、溶岩をブルで削ってるらしいです・・・」 ◎全席自由ですか?― 「それがブロック指定なんですよ。私のチケットには、 H−6ブロック1522番と書いてあります。 おそらく、前からH番目の横から6つ目のブロックで、 何千人かの内の1522番だと推察してま〜す。」 ◎推察って、そのマンマやないですか!― 「 ・ ・ ・ ・ (汗)」 ◎黙ってないでちゃんと答えろ!― 「 ・ ・ ・ ・ (泣)」 というわけで、本人が泣き出しちゃいましたので 緊急記者会見は、これで中止とさせていただきます |
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十年続いたサマーピクニック 雷雨によるコンサート中止という惨劇から1年が過ぎた 「第2回目を、阿蘇山麓でオールナイトでやる!」 と、こうせつが言い出した。しかも、1990年までの 10年間、体力が続く限りオールナイトで決行するという 野外の魅力にトコトン洗脳されてきた私にとって 最高の青春時代を謳歌することが約束されたのである ≪こうせつ宅前でニンマリの我にゃん≫◆サマピのお楽しみ@ さすがのこうせつも、一人では身体がもたない 毎年何組かのゲストを招き、サービスも充実させた メインゲストには、深夜1時から2時間のステージを提供 会場は否が応でも盛り上がり、眠っている場合じゃない ≪開演1時間前からこの騒ぎ≫
◆サマピのお楽しみA 野外ならではのパフォーマンス、打ち上げ花火 真夜中に、生ギター弾き語りのコーナーがあり 客たちは場所取りの疲れで、眠気もピーク そこへドォッカ〜ン、眠っている場合じゃない ≪ふるさと組の仲間たちと≫
◆サマピのお楽しみB 民宿ふるさとのメンバーたちとの再会 開演までの数時間が、同窓会となり 飲めや歌えのドンチャン騒ぎで盛り上がる それぞれがそれぞれのこの一年を語り合い 「来年もきっと会おうよ」と約束を交わす いつの間にか、ふるさと組の世話役になっていた そして、ギネスブックにも載ることになった ”南こうせつサマーピクニック”を 最後まで見届けてしまうことになるのである ≪1990年夏、感動のファイナル会場≫サマピの歴史は、こうせつのオフィシャルサイトで ほんの少しだけ紹介されている、ほんの少しだけ・・・ (興味がある方はこちら) |
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桜島は違う 10年間足を運んだサマーピクニック 運命的な出会いをし、開演までの待ち時間で 人前結婚式を挙げたカップルもいた そして、ファイナルは子連れで参加 アットホームで和やかな野外コンサートだった しかし、今回のこの桜島は雰囲気がまったく違う 長渕キャラに加え、桜島・溶岩・噴火のイメージが大きく 中途半端な気合じゃ、朝まで持ちそうにない ◆H−6ブロック ある旅行会社のツアーサイトで、会場平面図を発見 ![]() 真ん中より後ろで、剛の生顔はまず見えない 横方向は、10仕切りだとこの辺か? 6仕切りだと端っこになってしまう ◆場所取りは常識の範囲で チケットの注意書きに、こう記されている オールスタンディングとも書かれてある 常識の範囲?・・・1m四方? 眠くなったら、体育座りでの仮眠が予想される ジョギングに加え、明日からのメニューがひとつ増えた 猫のように丸くなり1m四方内で眠る練習だ! いずれにせよこの会場に7万人が詰め込まれる 8月21日まであと1ヶ月を切った・・・ |
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準備は万端? 桜島まであと1週間、それなりにドキドキしている 日本の音楽界と私の人生に、新しい歴史が刻み込まれる 鹿児島県外からの来場客は、3万5千〜4万人とも言われ このイベントによる経済効果は、な、なんと50億円 ◆体力は大丈夫か ジョギングを始めようと決意したが 「明日から、明日から」と気持ちだけが空回り 仕方がないので医学的に安心しようと 1泊2日の人間ドックを受検した 「脳みそ以外は大丈〜夫! 酒飲んで一晩中バカ騒ぎさえしなければ・・・」 と先生様に太鼓判を押された ◆履物指定 桜島コンサートの注意書きには 〜足元は火山灰や溶岩レキに覆われ、サンダル等は避け 足の覆われた動きやすい運動靴等でお越しください〜 とあり、「嘘やろ?」と思いつつも1足購入
溶岩専用サンダル?◆ミニ双眼鏡 H6ブロックからステージまでの距離を推測すると、約150m 長渕の生顔を肉眼で確認することは、不可能と判断 長〜い待ち時間の暇つぶしにも役立つ頼もしいアイテム
職場から道路管理用を拝借◆日よけ対策 日よけのチャンピオンと言えばこれ、麦わら帽子 黒リボンだとカールのおっさんに間違えられそうなので ちょいとお洒落に青リボンにしてみた
Nafcoブランドの最高級品◆敷きマット サマピのような草原や芝地とはあきらかに違う 念のためにキャンプ用の厚手のものを準備 かさ張りそうだが、後悔しないために持っていく
2000×1000×8◆折りたたみ椅子 朝までの立ちっぱなしは、やはり辛い 剛が水を飲む一瞬のスキに座っちゃおう
股間にやさしい三脚式これで準備は万端、あとは当日の好天と 桜島へ無事にたどり着けることを祈り 野外ライブ最後の戦いに、いざ出陣〜! 生きて帰れたら Sakurajima Reportへ つづく ・・・ |