|
1泊4日国内時差ボケの旅、全工程 ・8/20(FRI) 21:00 いざ出陣 22:30 関門海峡を渡り九州へ ・8/21(SAT) 2:00 鹿児島空港着 <朝まで仮眠> 8:10 市内行きリムジンバス発車 <桜島関係者10名程度乗車> 8:58 金生町下車、フェリー乗船場まで早足で移動 9:10 待たされることもなく桜島フェリーへ乗船 9:30 あっという間に桜島港に到着 <桜島は霞んでいた> 9:45 溶岩グラウンドにブロック別に並ばされる 14:00 雷雨に見舞われる <火山灰で靴ドロドロ> 15:00 溶岩道路添いのブロック別入口へ移動 <開場が遅れている> 19:00 ようやく入場、H−6ブロック最前列に陣取る 21:00 開演時間だが、客はまだまだ入場している 21:20 ステージ右後方から花火が上がる 21:40 第一部開演 <全16曲> ・8/22(SUN) 1:35 第二部開演 <全16曲> 4:45 第三部開演 <全10曲> 6:30 公演終了 9:10 桜島フェリー乗船 <会場から3kmの行列> 10:00 天文館から空港行きリムジンバス乗車 <満車> 10:50 鹿児島空港着 <昼食後に仮眠> 16:00 霧島温泉到着 <夕食後、死んだように爆睡> ・8/23(MON) 9:30 霧島温泉出発 <30km離れた桜島が一望でき感激> 11:00 えびのインター <前が見えないほどの大雨> 17:00 我が家に無事到着 |
空港〜桜島フェリー ◆エィエィ、ウオーッ!空港からのバスには、サラリーマンに混じってこんな格好をした連中が10名ほどいた。見るからに目的は同じだが、彼らとは年があまりに違いすぎる。 この日のために口髭を生やし、肩にはキティーちゃんタオル。グラサンと麦わら帽子で決めて見せた。まるで、ぐれたカールのおっさん状態である。 さすがに貫禄だけは十分で、若い奴等には負けていない。「エィエィ、ウオーッ!」気合を入れ直して桜島フェリーに乗り込んだ。 左手には、持込み禁止とされているビールが6本、しっかりと握り締められていた。 ◆桜島フェリーにてキップ売り場での混雑を予測し、事前に乗船券を購入していたが、いきなりの裏切りでスイスイと船に・・・。 天気は良かった。しかし、桜島は雲に覆われて姿を現してはくれなかった。「遠くから来たのに、歓迎してくれよ〜」と泣きそうになった。 船内には、長渕Tシャツに身をまとった若者がウジャウジャいて、否が応でも気持ちが高ぶる。つい"桜島"を口ずさんでしまったが、恥ずかしくはなかった。 |
溶岩グラウンド ◆Hブロック10番乗りフェリーを降りると、町営の野球場に誘導された。地元では溶岩グラウンドと呼ばれていて、真っ黒い地面には、AからKまでのブロック名が石灰で書かれてあった。 Hブロックの列に並んだ。前から10番目・・・まあまあじゃん(嬉)。Hブロックは2、3、6、7と4区画あり、約6千人が詰め込まれる予定。 早出した甲斐があったというもの。嬉しさのあまり、Hブロック担当のスタッフと記念撮影。スタッフといってもアルバイトの若いお兄ちゃんである。 このあと、このお兄ちゃんに地獄が待っていようとは・・・この時の二人には知る由もなかった。(怖) ◆ニセ長渕1号〜4号これが噂の、名物”ニセ長渕”たちである。 ニセといっても半端じゃない、どいつもこいつも本気である。ギターにハモニカ、マイクにPAまで・・・「彼ら、桜島に何しに来たんだろう?」と心配すらしてしまう。 小っちゃな女の子の姉妹が、珍しそうに眺めている。「ウチらこれ見に来たん?お母ちゃん」とでも言いたそうな後姿。(傑作の1枚か) とにかく開場までの待ち時間の暇つぶしには持ってこいで、退屈はしなかった。ありがとう、ニセ長渕たち! ☆今夜は最高に盛り上がるぜぃ〜☆ ![]() ![]() ![]() ◆薩摩揚げとビール会場への危険物の持込は、厳しく検査するという。傘は折りたたみ以外はダメ、クーラーボックスも大小を問わずダメ、アルコール類もダメ、あれもダメ、これもダメ。 仕方がないので、空港で買った薩摩揚げをつまみに、隠していたビールを泣く泣く処分することに・・・この日の昼食である。 ところでスタッフにお尋ねしたい。公演終了後に混み合うゲートを自転車を押しながら出て行く客がいたんだけど、”あれはあれでいいのかねえ?”厳しい手荷物検査は何だったの(呆) |
溶岩道路 ◆恐怖の雷雨12時の開場時間が過ぎているのに、溶岩グラウンドから会場への誘導案内が始まらない。少し苛立ち始めた客たちに、雷雨が襲った。 24年前の悪夢が脳裏をよぎった。雷様はあの時ほど近くではなかったが、いくつになっても「へそを隠さねば」と思ってしまう自分が、カワイイ。 雨は30分ほどでやんだが、足元はドロドロ。それでもニセ長渕たちは歌っていた。「彼らって、いったい・・・」 ◆ようやくゲート前夕立が上がった15時、ようやく溶岩道路途中にあるHブロックのゲート前に誘導された。ここで、チケットと引換えにブロック別のリストバンドが手渡される。 左横にはGブロックの客がおとなしく待っている。A〜Dの客を優先に入場させているという情報に、私を含めたHブロックの客たちが怒り始めた。 早朝から待っているのに、今来たAの客たちがスイスイ横を通っている。スタッフの手際の悪さが目立ち、バイトのお兄ちゃんは吊るし上げ状態。 鹿児島始まって以来の7万人イベント。綿密な計画を練っていたに違いないが、手荷物検査に神経を使いすぎてしまい、客の誘導方法はまるで成っていなかった。 長渕は、Captain of the Shipで”お前が舵を取れぃ!”と歌っている。「野外経験豊富な私が舵を取るべきだったのか」と今さらながら腹が立つ。 |
ここが最後の決戦地 ◆H−6ブロック最前列といってもステージからは200mを超える位置。会場は予想以上の広さで、ステージ左右は視野からはみ出すほどの桁外れな長さだ。 会場内をゆっくりと見学したかったが、入場完了が19時すぎで、徹夜に備えての腹ごしらえの準備で精一杯だった。 各ブロックは2本の鉄パイプで囲われ、もたれ掛かっての長時間観戦には強い見方になった。最前列の特権を手にした喜びの瞬間でもある。 ◆会場全体詳細図会場は、ステージ後方に錦江湾と鹿児島市街地が見渡せる。桜島は背中に背負うような格好で配置され、Dブロックあたりから傾斜がついている。 眺めは最高だが、この場所は本来溶岩レキの捨て場になっていたらしく、運が悪いとシートの下はガレキだらけ。とても横になって寝れたもんじゃない。 図の青い線は、剛がオープニングでハーレーに乗って会場入りしたルート。ステージ中央まで一気に駆け上がって来た時には、さすがに度肝を抜かれた。 黄色い線は、真夜中にジープに乗ってセンターステージ(直径6m)にやってきて、再び戻っていったコース。 赤い星印の部分に陣取った訳だが、会場全体の盛り上がった空気を肌で感じられ、センターステージにも近かったということで良としよう。 ◆1m四方の陣地開演の21時が回っているのに、まだお客が入場している。今のうちにと、横になり下半身は鉄パイプにかけたままでの仮眠をとる。 昼の雷雨の時に役立った麦わら帽が、夜はアイマスクになり重宝した。地面は溶岩レキが平気でゴロゴロしていて、厚手の敷きマットも正解だった。 結局、19時から予定されていた地元の歓迎セレモニーは中止となった。 ◆会場最後列から第2部開演前、トイレ休憩と腹ごしらえにビールを買いに行った。「な、な、なんとノンアルコールビールではないか!」やはり23時を回ると法的な販売規制がかかってしまうのか。昔の野外はフリーで、私のような酔っぱらいのヘベレケおやじがたくさんいたのに。 でもいいか、夜明けの乾杯用に持込みビールを1本とってあるし・・・ 会場内でもニセ長渕を発見!「もう〜エエやろ!」と呆れて笑いが止まらなかった。 ◆剛、最接近!会場の地図が公表され、「Gブロック中央の四角いマスは、後方の客用センターステージ」という噂で持ちきりだった。もしそうだったらこの位置からだと目と鼻の先、生剛を拝めることになる。 期待は裏切られなかった。第2部の途中、メインステージからジープに乗ってやって来た。6mの円形ステージで、剛が乗っかると2mほどせり上がり、この上で5曲ほどやってくれた。 チューニングの時、「何を歌おうかな〜」って言うから、私が「巡恋歌ァ〜!」と数回叫ぶと、これまた嘘のように巡恋歌が始まったではないか。後方の客たちは、大盛り上がりである。 私的には、巡恋歌のギターとハモニカの生テクニックを間近で見られ、「Aブロックに勝った、9500円の元は取れた」と一人で納得し、”いつかの少年”に涙していた。 ◆拳と声帯アルコールが両肩の潤滑油となり、朝まで支障なく拳を突き上げることが出来た。もちろん片方の手は、ブロック仕切り用の鉄パイプをしっかり握り締め、腰への負担を最小限に留めている。 剛は「ヘイ!」と「ウォー!」が大好きで、朝まで何百回叫ばされただろうか・・・。歌を少しやっているのでノドには自身があったが、夜通しの歌いっ放しは声帯を痛めつけるには十分すぎた。 終演後の声は、まるで壊れたラジオの雑音のようで、ある意味渋チンなシワ枯れ声になっていた。”親父のセイヤ!"の録音用に取っておきたかった。 ◆感動の夜明け14年ぶり、10回目の感動の夜明けである。昨日は雲でかすんで歓迎してくれなかった桜島が、「よう〜こそ〜」と、くっきり姿を現した。 剛の「夜明けダァ!」の声に7万5千人が一斉に後ろを振り返り、ボルテージも最高潮に達する。 何度味わってもいい・・・ 熱いものが身体の芯から込み上げてくる瞬間である。 |
完全燃唱の朝 ◆右腕はまだ上る、イエィ!3枚目のガッツポーズだが、疲れのせいか微妙に角度が甘くなっている。 一仕事終えた後のビールの味は最高だった。(持込み禁止の最後の1本を、会場で買ったカチ割氷で密かに冷やしておいた、へへへ) コンサートの余韻に浸っているのに、周りはそそくさと退場の準備を始めている。早くしないと、フェリー乗り場までの3kmを、牛のようにノロノロと歩かされるからだ。 会場内や溶岩道路の道端には、疲れきった連中がゴミのように転がっていた。戦闘服こそ着てはいないが、まるで悲惨な戦場の跡のようである。 救護班のおじちゃん達がボヤいていた。 「この人たち、眠ってんだか具合が悪くて倒れてんだか、判別に困るでごわすぅ〜」 ・・・・まさしくその通りである(爆笑) ◆センターステージ帰り際に近くまで行ってみた。意外と狭く、「こいつが2mもせり上がったのか〜」と田舎もん丸出しで感動した。 不思議なことが一つある。夜中に、ここまでジープを走らせ戻っていった・・・前方付近は、ブロック内に入れない客達で通路が塞がれていたはず。 「通路一杯の客達を、いつの間に排除したんだろ?ジープを避け切れなかった客の何人かは、きっと足のつま先にタイヤが乗っかったに違いない!」 と、今でも信じられない。 ◆役に立ったのか?・溶岩専用サンダル ・・・○ やはり会場内の至る所に溶岩レキがゴロゴロしていた。夕立のあとの速乾性能にも優れ正解だった。 ・ミニ双眼鏡 ・・・○ 映像ビジョンがあったが、やはり生の剛を確認するにはこれしかない。欠点は、覗いている間はノリノリを中断しなければならなかったこと。 ・麦わら帽子 ・・・◎ 本来の日除け機能に加え、夕立時の傘、仮眠用アイマスク&枕、うちわ、足元小物入れと、一石6鳥の働きをしてくれた。 ・敷きマット ・・・◎ 地面状態は想像以上の悪さで、こいつが無かったら横になっての仮眠は望めなかった。 ・折りたたみ椅子 ・・・△ 長〜い待ち時間に使用しただけで、会場では不要だった。なぜって、演奏中は朝まで立ちっ放し! ◆Sakurajima、最高!昨日の会場入りまでの待ち時間が嘘のように、すんなりとフェリーに乗船。桜島もしっかりと姿を現し、7万5千人を見送ってくれた。最初で最後になるかもしれない鹿児島の旅で、最高の思い出を刻むことが出来た。 徹夜の野外LIVE、音の楽しみ方の一つには違いない。長渕の歌は、鼓膜以外の全身の穴から遠慮なく進入してきた。 ・・・・・ |
感動のボツ写真集
|